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1章 5

last update Veröffentlichungsdatum: 24.04.2026 21:28:39

 かぽーん。そんな擬音が今にも聞こえてきそうなぬくもり。 「ふう、やっと解放された……」

 湯船につかり、やっと一息つける。

 俺は浴槽に背を持たれ、ぼんやりと考える。

「しかしなんだありゃ? 一体俺にどうしろと……」

 いや、何度も彼女は言っているのだからそれはわかる。俺にオーディオとやらを揃えて聴いてくれと言っているのだ。

 それを断わった理由の一つは金だ。俺は学生であって、アコが提示したであろう機器を揃える金がない。

 だが、あくまで理由の一つでしかない。

 俺にとって最大の拒否理由は、何かを望むことが怖いのだ。

 何も望まず、何も考えず、何もやらない。それだけがコンプレックスにまみれた俺の処世術であって、俺の未来に何か、得体の知れない恐怖のようなものをぼんやりと抱いてしまうのだ。

 失うとか、無くすとか、そういう具体的なものではない。

 ただ、ぼんやりとした恐怖、いや、不安であった。

 俺ははは、と苦笑して湯船に顔をうずめる。ぶくぶくと泡を立てる。

 と、その時。

「八島くん!」

「わあ! 何で来るんだよ! 濡れたら壊れるんだろ!?」

 俺は声を上げずにはいられなかった。

 まさかそこまでするとは思わなかった。

 しかしアコの裸体か。実は全く興味がないわけではない。朝見たけどな。

 俺は湯船から顔を出し、ちらっと見る。

 ――衝撃的であった。

「ですからビニール被ってきました!」

「…………」

 そう、アコの言う通り彼女はビニールを被っていた。凄い大きいやつ。頭からつま先まで完全に覆われている。しかもビニールが黄ばんでいる。しかもなんかパリパリしてそうというか、固まっているような。

 どこから持ってきた?

「どうしました?」

「息出来るの?」

 俺は全くどうでもいいことを質問してしまった。

 いや、聞くべきはそこじゃないだろう。

「私人間じゃありませんから」

 でも、彼女が言ったその一言であることに気づいた。

「……あ、そうか、そういうことか」

「何がです?」

「いや、男が女を好きになるのは女性からフェロモンが発せられるからっていう説があって、逆に近親相姦を防ぐために人間は家族の臭いに嫌悪感を抱くよう染色体に遺伝的な情報が組み込まれてるっていうんだ」

 あくまで説だけど。

「それで?」

 アコはビニール越しでつまらなそうに首を傾げる。ビニールはまっ黄色なので正直大変滑稽である。

 俺は続ける。

「つまり人間はその香りから血の離れた人間に対して恋愛感情とか性的興奮を抱くように作られてるんだ」

「それで?」

「俺がどうしてアコの裸を見てもあんまり興奮しないのかなーとずっと疑問だったんだけど、やっと謎が解けた。アコが人間じゃないからだったのか」

「えい」

 と、アコが突如として俺のもとまで寄ってくるとビニール越しに俺を引っ張り出し、ぎゅっと抱きしめだした。

「わあ!」

「興奮してるじゃないですか」

 アコの声がエコーがかって聞こえる。濁っている。

「そら女の子の裸に絡まれればね! ビニール越しだけど! ビニール越しだからぬくもりないけど! てかそんなデカいビニールどっから持ってきた!?」

 やっとこの質問が出来た。

 こんな時だというのに、何故か少し嬉しかった。

 とはいえ、だ。

「探したら引っ越し用に使ったと思われるビニールが見つかりまして」

 返ってきた答えは実につまらないものであった。聞いて損した。

 いや、そんなことはどうでもよろしい。

「オーノー! せめて脱いで! せめて」

 ビニール越しにひたすらハグされる俺。てか寝転がりながらくんずほぐれつする姿はさぞ色っぽいのかもしれない。

「脱いだら壊れるから嫌です」

「クソ、古いビニールだから黄ばんでる上に水蒸気で曇ってアコの裸がよく見えねえ!」

「……期待してるじゃないですか」

 男のサガというものです!

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  • イヤホン『アコ』の恋   2章 3

     外に出ると空は闇に染まっており、家々からは煌々とと灯火が暖かく世界を照らしていた。   わずかに流れる風が頬を心地よく撫で、夜だというのにちっとも冷たさを感じない。   それは今が初夏だからとか、そういうレベルではなく、俺の心。感情。それらが今、満たされているからなのだろう。 「なんだろうな、なんていうのかな」   ただ、どうして満たされているのか。   なんで満たされているのか。   それを具体的に言語化することはできないけれど、ただ素直に、 「なんか、楽しくなってきた」   そう思えるのだ。

  • イヤホン『アコ』の恋   1章 15

    「はい」   小さく頷くアコ。 「アコのために、俺は……君を直したい」 「はい!」   大きく頷くアコ。   そして俺は、はっきりと言った。 「アコのために、俺は、オーディオをやるよ」 「はいっ! ありがとうございます!」   アコがもう一度抱きついてきた。   ぬくもりが心地よい。肌の感触が妙に暖かい。  「お、八島。覚悟は決まったの?」   と、紐育が妙にほくほくした顔で声をかけてきた。   どうやらたっぷり堪能したらしい。 「ああ、紐育は?」

  • イヤホン『アコ』の恋   1章 12

     あの後、アコには家で待機させ、放課後になってからアコの案内でイヤホン専門店とやらに向かうこととなった。紐育と一緒に三人で。   電車にしばし揺られ、駅を出ては人の喧噪をかきわけ、ビル街を通り過ぎ、裏通りにさしかかったところ。ビルの四階にある店舗がそれだ。 「ここです!」   店の前をびしっと指さすアコ。その顔はすげえ嬉しそうであった。 「アコ知ってるんだ」 「そもそも私、ここで売られてましたから」 「人身売買みたいな言い方しない」   俺はぺしっとアコのおでこを叩いた。結構客入りは多いのだ。誰が聞いているかわかったも

  • イヤホン『アコ』の恋   1章 11

    「じゃあこうしようか」   と、紐育が口を挟んできた。その声は妙に弾んでいる。 「へ?」「紐育?」   ハモりはしなかったがアコと俺は同時に声を上げた。   紐育が俺とアコを相互に見やり、 「アコちゃんは八島に聴いて欲しいんだよね?」 「はい!」  アコは元気に返事をした。 「で、成仏するには満足して貰わないとダメと」 「はい!」   またもやアコは元気に返事をした。  俺は苦笑交じりのぽつりと。 「元気だなあ」 「でも八島は音楽に興味がないから嫌と」 「嫌っ

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